胡錦濤主席が国内でどのように評価されていようとも、今回の日本訪問で見せている場面や行動からの受け取り方で良いのだという考えでお待ちしていた。
新聞の記事そのものが既に現場の記者の選択によっており、多くの記事をまたデスクの考えで選択されていく。
集会の写真に人が多く映っていたとしてもがらんとした集会場の全体を写せないし、ならばなるべく多く集まっていそうな場所を写すことになるだろう。
つまりは真実を知るなどということがどんなに難しいかということになる。
言うならば胡錦濤主席も福田総理も太かったり細かったりする、まっすぐ伸びていたり曲がったり傷んでいたりするなどの沢山の枝葉を持つ大木になぞらえることが出来るかも知れない。
だからこそお互いの人格を出し合って直接接する人をまたテレビで見る人々をうならせるくらいの人格・人柄・思惟ある様子にこそと注目していた。
だがこうした観点から見れば福田総理の薄っぺらな感じだけが残った。
二人は向かい合って話したときすぐにお互いの度量とか考えの背景の深さとか改めて悟ったに違いない。
二人が出会った時こそ両国民の前に大樹たらんとするところを示さなければならないのに、福田総理にはまたかといった大きな失望感を抱いた。
僅かに中曽根元総理の言に救われた。
会見席上記者やテレビの前で胡錦濤主席の前を僅かに腰をかがめるまでもなく横切った福田総理の失礼に唖然とした。
NHKの毎土曜日昼「笑百科」という番組がある。
司会者の前だろうと同じ出演者の前だろうと敬意を示すように腰をかがめて通る人間の何と少なくなったことか。
これと同じレベルの福田総理の人柄を見た。
日ごろお互いにつまらぬことにも最大限求められている努力の日々であるからこそ、大きく尊重し合い、敬意を払い合い、深い所で労わり合うような姿こそ見たかった。
翻って考えるまでもなく日本の文化が隣国中国のお世話をどんなに頂いたことか。
勿論その国にどんなにひどいことをしたかも忘れない。
その国の代表者がお出でになったのである。
渥美清演じたふうてんの寅さんの「それをいっちゃあおしまいよ」の言葉がふっと思いだされた。
胡錦濤さん。お元気のうちにご活躍下さい。
そしてまた日本に来て下さい。