55年前の世界史と八橋油田と減反
もう55年前にはなるだろう。高1の世界史で教えられたことがいつも頭にある。「外国の米が安いからと言って買い続ける。日本の田圃が減っていく。ある時輸入米が急騰する。しかし日本の田圃は荒れていて以前のようには働かない。そうなれば輸入米がどんなに高騰しても生きていくためには買わなければならない。国内の消費量から見れば国産の石油は確かにあまりにも微量だ。だが日本での掘削力が働いているのとそうでないのとでは大きな違いがある。その力を大きくする機会がある」こういった内容だった。当時もそうだったが、おめでたい?教育学者が、「これからは世界的に考えなければならない。日本のことだけを優先的に考える時代ではない」こんなこと言っていたと思う。当時若さからまともに受け取った考えがあった。「これからは何でもコンピューターで計算出来ないものはない。音楽だって限られた計算の中に入っている。住居にしてもみんなの要望を取り入れていけば全体に向く住居が出来る」こんな内容だったが若かった私には非常に新鮮で魅力的に聞こえた。暫くするとトフラーの話が出てきた。このインチキな学者のような声は聞かれなくなった。世界的にもそういう傾向は見えてきたがそれにしても日本の政治家の資質の急落は嘆かわしい。根本的な原因の一つに「教育」への大変な軽視、間違った考えがあることは否めない。