イージス艦と漁船の事故について
苦しい生活の中から納めた貴重な税金で造られた巨大艦にせっせと働かなければ生活出来ない小さな船が潰された思いがする。漁船が走り回らなければならないその沿岸近くに来ていての自動運転とは呆れてものが言えない。少しずつ発表されるたびに都合の悪いことを小出しにしている感じがする。関係者を並べて次々に順序を追って説明させればすぐにも分かることである。このように運べない、また運ばせない、運ばないためのもっともらしい考えを述べながら、実質イージス艦の動きに加担するような発言に守られながら展開していくここに、この日本からすっかり忘れられた「正義」「信義」の失われたうえにいつも重ねられていく姿が見える。
今回の記者への発表の際のあの上部組織の笑い顔は何だ。心ある上司が一人でもいれば即刻降格除隊ものではなかったのか。世の中片づけなければならないことが一般なのはみな分かっていること。その都度的確に、問題によっては迅速に処理出来ないでどうする。
ここにもはっきりものを言う人間を求めない日本人のずるくなった姿勢が見える。良いといわれる人間にも悪いところはあり、悪いといわれる人間にも良いところはある。問題は兼ね合いだけだ。人間を考えるのはいいが、責任ある立場の人間よ!あなたがたは恥ずかしさも忘れましたか。
「子どもをなぜ育てるのですか」
「牛乳飲む?ぼく飲まない」
「子どもの健康と学習」
「朝倉隻人の私記」
「自分を変える」